瀬戸内の心地よい住まいを設計する、尾道の建築家のブログ
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20120527 06:48
除虫菊は、ペルシャ地方の原産で、明治期に日本に伝わり
殺虫剤や蚊取り線香の原料として栽培されていました。
中でも因島は日本有数の産地として誇り
旧因島市の市花でもありました。
毎年五月には島の山野の斜面を、白一色に染め上げ
島の風物詩となっていたそうです。
青い海と空の間に白い花、本当に綺麗だったろうと想像します。
時には昔の暮らしを想像してみるのも楽しいものです。





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20120521 17:09

故郷因島で年一回開かれる、「因島自由大学」に参加してきました。
今年でなんと第16回目を迎えるとのこと・・・、
今回の講義は『津波と原発』と題して、ノンフィクション作家の佐野眞一先生のお話でした。
福島第一原発のお話から、木嶋佳苗や東電OL殺害事件、孫正義さんのお話など
多岐にわたり、先生が今、関心をもたれている事についてお話し頂きました。
内容は総じて、事件事故から見えてくる、今の日本の社会状況や
ジャーナリズムの危機的状況への危惧などでした。
目に見えないモノや、見えてる表層の裏側、起こっている物事のその先など
それらを想像する力がなにより大切で、その想像力の程度や質が
その国や地域の民度となって現れているような気がして
私自身日々想像力を鍛える訓練をしなければと
焦りのようなモノを感じました。
大学の発起人である大出俊幸さんの設立趣旨
「私たちは『井の中の蛙、大海を知らず』にならないために
今、“因島自由大学”を創ることを宣言しま す。
手作りの大学です。
そして「されど天の深さを知る」と言える人間になりたいと思います。
因島にいる人も、故郷を離れて暮らしている人も
日本全国どなたでも醵金をして、自由大学に参加してほしいと思います。」(抜粋)
に賛同し、「島国の中の島」 で生まれ育った私は
これからも因島自由大学の学生を続けていこうと思います。



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20120427 07:30
友人、知人から、尾道の春の味覚をいただきました。
朝取りのタケノコに、朝釣りのスズキにクロハギ、それに鯛です。
どれも大きく立派なモノばかり・・・
たくさんいただいたので、スタッフとご近所さんにお裾分けです。
それにしても、地元の新鮮な自然の恵みを食せることは
本当に幸せなことです。
感謝 ! カンシャ !




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20120417 18:17
春真っ盛り !
尾道近辺の桜を愛でてきました。








始まりの春です。
いつもの事を、新たな気持ちで取り組めば
また何か発見があるかも知れません。


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尾道近辺の桜を愛でてきました。








始まりの春です。
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20120320 16:55
事務所の近くの造船所で、進水式があり、行ってきました。
島育ちの私には、小さい頃から船は身近な乗り物で
よく進水式を見に行き、迫力に圧倒され
とても感動していたのを思い出しました。
故郷因島は造船業と共に発展し
小学生の頃は、人口4万人を超え、映画館やボーリング場も沢山あって
世界航路を巡る大きなタンカーや、色んな国のひと達を目にして
子供心に世界への広がりを感じワクワクしたものです。
造船業の斜陽とともに人口も減り、友人知人の多くが島を離れ
海でよく見たスナメリクジラの姿も無くなり、寂しい限りですが
なんとか、もともと持っている島の個性を発掘し育み、活気を取り戻し
後世に伝えていきたいものです。







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